忙しい家ほど、言葉が荒れやすい
子どもが小さい頃、
我が家は夫婦フル勤務の共働きだった。
朝は一番に保育園へ送り
お迎えは1番最後の日もある。
週末は週末で予定が詰まっていて
「ゆとり」の“ゆ”の字すら見当たらない時期。
そんなときって
どうしても家の中がギスギスする。
親は仕事で疲れている。
子どもたちも、それぞれのフィールドで頑張っている。
なのに、家に帰ってきたら空気がピリピリしてしまう。本当は誰も悪くないのに。
我が家の秘密兵器「ありがとう条例」
そんな時期に、我が家で発動されたのが
「ありがとう条例」 だった。
これは、何を言われても
とりあえず
「ありがとう」から会話をスタートさせる。
というルール。
例えば、私が料理中にテーブルを片付けてほしい時。
「よかったら、そこのテーブル片付けておいてくれる?」
(※“よかったら”をつけるのがポイント)
すると、言われた側は必ずこう返す。
- 「ありがとう!これが終わったら片付けるわ」
- 「ありがとう!でも今ちょっと手が離せない」
とにかく
どんな返事でも“ありがとう”から始める。
これだけで、 家の中のギスギスがふっと軽くなる。
ちなみに
我が家の“よかったら”は
= よくなくてもやってね(必ずやってね)
という意味の“よかったら”。
強制力はあるけど
言い方が柔らかいだけで
受け取る側の気持ちが全然違う。
職場でも使える「ありがとう条例」
ありがとう条例は、家庭だけじゃない。
職場でも驚くほど効果を発揮する。
● 指示を受けたとき
- 「ありがとうございます。すぐに対応します。」
- 「ありがとうございます。確認して進めます。」
● 訂正依頼があったとき
- 「ありがとうございます。助かります。」
- 「ありがとうございます。修正しておきます。」
注意が“協力”に変わる。
● 優先順位を聞くとき
- 「ありがとうございます。いま別件を進めているのですが、優先順位はどちらが先になりますか」
相手は“相談された”と感じてくれる。
ご近所づきあいでも効果抜群
地域の人間関係って
実は家庭よりも気を遣う場所。
そんなとき、ご近所さんにこう言われることがある。
「こないだ、お子さんが挨拶してくれたよ」
この言葉を聞くと、私はいつも胸の奥がふっと温かくなる。
というのも、
昔、私が子どものころ
母がこういう場面でよく言っていた言葉がある。
「うちの子なんて全然ですよ」
「そんな、たいしたことないです」
小さかった私は、その言葉を横でなんとなく聞いていた。
意味はよくわからなかったけれど
どこかしっくりこない“違和感”だけは覚えている。
今になって、その理由がわかる。
褒めてもらえた言葉を
親が素直に受け止めていなかったから
母を責めたいわけじゃない。
あれはあれで、当時の“日本の謙遜文化”だったのだと思う。
でも私は
褒めてもらえた言葉は、できるだけ素直に受け取りたい。
そして、その嬉しさを子どもにもまっすぐ伝えたい。
だから今は、褒めてもらえたときこそ
こう返すようにしている。
「ありがとうございます。そう言ってもらえて、うれしいです」
このひと言には
相手への感謝だけじゃなく
子どもへの“まっすぐな肯定”も込めている。
褒められたときこそ、
ありがとう条例の本領発揮
日本人は褒められるとすぐ
- 「いえいえ、うちの子なんて全然です」
- 「そんな、たいしたことないですよ」
と言いがち。
大人同士なら“謙遜”として成立するけれど
私はこれ、子どもに対しては失礼だと思っている。
子どもは毎日一生懸命がんばっている。
その姿を見てくれた人がいて
わざわざ親に伝えてくれたのに
「全然です」 と返してしまうと
“親はそう思ってないんだ…”
と、子どもはどこかで受け取ってしまう。
だから私は、褒められたときこそ
「ありがとうございます。うれしいです
と返すようにしている。
これは
子どもの自己肯定感を守るための
小さな、でも大きな工夫。
ありがとうは、心のクッションになる
忙しいときほど
疲れているときほど
言葉はトゲを持ちやすい。
でも「ありがとう」には
そのトゲを丸くする力がある。
- 家庭の空気が柔らかくなる
- 職場の関係がスムーズになる
- 地域のつながりがあたたかくなる
- 子どもの心がまっすぐ育つ
- 自分の心も軽くなる
「ありがとう」は
どこでも使える魔法の言葉
使えば使うほど人間関係が楽になり
自分の心もやわらかくなる。

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