「もう無理だ…」
そう思う瞬間って、誰にでもあると思う。
頑張っているのに結果が出ないとき。
やってもやっても前に進んでいる気がしないとき。
逃げたくなるとき。
自分の限界が、すぐそこに見えるとき。
私は高校生のころから
そんなときに自分に決めていたルールがある。
“もう無理だと思ってから、あと3回だけ頑張ってみる。”
忙しい毎日の中で
「自分の心を整える時間」をつくるのはなかなか難しい。
そんなとき
私は 耳だけで読書ができるオーディブル に助けられています。
あと3回のルールに気づいたのは、昭和のテニス部だった
私がこの「あと3回」の考え方に気づいたのは
高校時代のテニス部だった。
当時はまさに 昭和の部活動のど真ん中。
今とは違い、 “ド根性論” が当たり前のように横行していた。
昼休みはグラウンド整備。
先輩より早く部室に入り
先輩より早くグラウンドへ行く。
もちろん水は飲んではいけない。
ひたすら声を出し続け
数秒でも声が途切れたら
「1年生!声はっ!!」と怒鳴られる。
白いグリップテープを巻いていいのは3年生だけ。
学校の廊下では先輩より前を歩いてはいけない。
先輩が後ろにいると気づいたら
廊下の端に立ち止まり
先輩が気づくまでひたすらペコペコと頭を下げて挨拶をする。
どんなにガラガラの電車でも
先輩が「座っていいよ」
と言うまで座ってはいけない。
今思えば
なんでこんなルールがあったんやろうと思うけど
当時はそれが“普通”だった。
合宿の謎ルール:5分前の5分前の5分前
極めつけは合宿だった。
集合時間の5分前集合が絶対ルール。
でも、ただの5分前じゃない。
- 全体集合の5分前に3年生
- その5分前(=10分前)に2年生
- さらにその5分前(=15分前)に1年生
だから1年生は
2年生と3年生に
“集合の合図” をしに行く役目があった。
まず2年生の部屋へ行き
「コンコンコン!5分前の5分前の5分前です!」
とノックして声をかける。
これ、普通に考えたら
「10分前です!」でよくない?
って思うんやけど
それは絶対に言ってはいけない。
ほんま、不思議よね。
でも、当時はそれが “正しい言い方” だった。
次に3年生の部屋へ行き
「コンコンコン!5分前の5分前です!」
と伝える。
今思えば
何のための儀式やったんやろうと思うけど
当時は誰も疑わなかった。
中高一貫校のランキング制度という、もうひとつの過酷さ
私の学校は中高一貫校で
テニス部員は何十人もいて
中学1年生から高校3年生まで全員がランキング付けされていた。
3面と半面(小さなコート)に分かれ
そのランキング順にコートへ入っていく。
ここで過酷だったのは
どの学年にも“負けたくない相手”がいること。
高校2年生でも3年生でも
下の学年には絶対に負けたくない。
同期が下の学年に負けるなんて
絶対に見たくなかった
だって、同じコートでプレーしたいから。
でも同時に
先輩には勝って、上のコートに行ってほしい
という気持ちもあった。
特に中学上がりの子たちは上手で
高校から始めた先輩より 技術が上のことも多かった。
だからこそ
「上のコートで頑張ってほしい」 という気持ちが、
どの学年にも存在していた。
この “複雑な気持ちの渦” が
ランキング戦の独特の空気だったと思う。
個人プレーなのに、完全にチームプレーだった
特に
その学年の下のほうになった友達が 下級生と試合をするとき。
あれはもう
本人のプライドとの戦いやった。
だから私たちは、 全力で応援した。
ポイントが入ると
「ナイス!!」と喜んだし
逆に取られると
「いけるいける!大丈夫大丈夫!!」
と 声が枯れるまで応援した。
テニスは本来、完全な個人競技。
でもあのときだけは、 どう見てもチームプレーだった。
仲間の試合を見守る時間は、 自分の試合よりも心が揺れた。
そしてその空気の中で
「もう無理…」が何度も来るからこそ
私は“あと3回”という小さなルールを
自分の中に育てていったんだと思う。
炎天下で意識がもうろうとしても、やめなかった理由
そんな環境だから
「もう無理や…」
と思う瞬間なんて 数えきれないほどあった。
でも、結局やめなかった。
引退まで続けた。
それは
あの “あと3回” があったから。
2回目を過ぎたころ、景色が変わる
「もう無理」と思ってからの1回目は
ただただしんどい。
2回目は
少しだけ呼吸が整ってくる。
そして3回目に入るころ
同期とつまらないことでバカ笑いしたりして
なんだかんだ楽しい時間が戻ってくる。
その瞬間、 気持ちがふっと軽くなる。
そしてまた
“ふりだしの1回目” に戻る。
この繰り返しだった。
理不尽なルールにも、ひとつだけ良かったことがある
あのころの部活動は
今思えば意味が分からないルールだらけだった。
でもね、 あの経験があったからこそ
私の中にひとつだけ強く残ったものがある。
“時間を守る” ということに、ものすごく厳しくなった。
自分が待つのは全然平気。
むしろ本を読んだり
ぼーっとしたりして ひとりの時間を楽しめる。
でも、 人を待たせるのが、とにかくいや。
だから
待ち合わせのときは 早く着きすぎてしまうことが多い。
時間ぴったりに行くのではなく
少し早く着いて
近くのカフェでお茶をしながら時間をつぶす。
そんな自分の習慣は
あの“5分前の5分前の5分前”の文化が
身体に染みついたからなんだと思う。
大人になってからも、このルールに助けられてきた
仕事でしんどいとき
家事が回らないとき
子育てで心が折れそうなとき
人間関係で疲れたとき
「もう無理…」と思う瞬間は
大人になってからのほうが多いかもしれない。
でも、 高校生のころに決めたこのルールは
今でも私を助けてくれる。
“あと3回だけ” って
自分に優しいし
でもちゃんと前に進める。
逃げるでもなく
無理に踏ん張るでもなく
ちょうどいい距離感で自分を支えてくれる。
▼ 関連:心の余白
しんどいとき
「もう無理」と思うのは悪いことじゃない。
でも、そこからあと3回だけ踏ん張ると
心に少しだけ余白が戻ってくることがある。


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